佐原水生植物園

新聞・雑誌・TVの報道で周知のとおり、旧正田邸の保存運動が関心
を集めているのでたずねてみた。取り壊しの是非をめぐっても、様々
な立場からの意見が聞かれるところです。竣工当時の正田邸は、現
在より規模も小さかったそうです。当初の状態では、玄関が道路側に
面していますし、浴室・台所などのある向かって左手部分は、平屋建
てになっています。現在の姿と比べると、意外にシンプルな印象です。
現状の姿は増築されたものであり、屋根が複雑に重なり、屋根窓も
付けられ、変化に富んだ外観になっています。

様式的には「住宅建築図集」にも「英国風」と書かれている通り、英国
の住宅を意識した洋館です。木組みを表面に見せるハーフチンバー
のデザインを取り入れており、これは当時の住宅建築に流行していた
スタイルです。

山下公園

大桟橋の横から山下埠頭までの海岸沿いの公園。横浜港を眼前
に見る最高のロケーション、横浜を代表する景観だ。 赤い靴 の女
の子の像や、 かもめの水兵さん の碑、西洋理髪発祥の地の碑な
どがある。関東大震災のあと整地され、昭和5年開園した臨海洋
式公園。

横浜元町

元町を歩いていると映画の撮影があった。

神奈川県庁
旧英国領事館

本町通りを山手に向かって歩いていくと、中華街の東門をすぎた辺り
に、キリスト像が立っています。 教会もないのにキリスト像があるの
でちょっと不思議な感じですが、これは横浜天主堂の記念碑なのだ
そうです。横浜天主堂は、横浜が開港して間もなく、日本で最初に建
てられたカトリックの教会。宣教会からのお金の他に、日本に在留す
る色々な宗派の外国人が、この教会建築のために寄付をしたんだ
そうです。
横浜天主堂は明治の終わりに、山手に移転。多くの人に愛されたの
を記念して、このキリスト像が立てられたそうです。

横浜天主堂跡

横浜中華街(よこはまちゅうかがい)は神奈川県横浜市中区 (横浜市
)|中区山下町一帯に所在するチャイナタウン。140年の歴史をもち、
3,4千人の中国人が住む。華僑の出身地は広東省が比較的多いが、各
地に分散している。日本最大の中華街であり、神戸南京町や長崎新地
中華街とともに三大中華街とされる。中華料理店だけでも200軒以上あ
る。

横浜中華街

横浜関帝廟は明治6年(1873年)居留民によって、横浜市中区山
下町140番地付近に日本で最初の小さな廟が創建されたのが始
まりです。明治19年(1886年)に境域を拡張、明治26年(1893年)
には大改築が行われ、煉瓦で周囲を囲み、牌楼、堂宇の壮厳、
宏麗さ及び、廟内の装飾・彫刻・彩 色は豪華絢爛、見る者の目を
眩わしたと言われています。横浜市史によれば「関帝を奉り祭祀
し、この地の華商のことごとくはその保護により、ことなきを得た」
と記述あるように当時の居留民の精神的なよりどころの役割を果
たしていました。

関帝廟